こんにちは。相城です。
さて、今回は優しさについて考えてみたいと思います。
優しさと厳しさとは
優しいって言いますが、私の結論から言うと
優しさ=受け留めて許す寛容さと場合によっては意見するという両面があるもの
だと思います。他にもあるのですが、後述します。
反対に
厳しさ=無視すること
かな?
優しさとは余計なことの善行?
こんな例があるのですが、
ある人が、卵からかえろうとしている雛をみて、手伝おうと思って一緒に殻を割ったんですよ。すると間もなくして雛は死んでしまったんです。
この人に悪意はないのですが、余計なことをしてしまったために悪い結果を出してしまうこともあります。もちろんその反対にいい結果を出すこともあります。
そう考えると、優しさって余計なことの善行なのかなぁって思うときがあります。相手に受け入れられなければ、優しさではないのかなぁって思うときもあります。
戸惑う優しさの押し売り
一番私が優しさを受けて???違うんじゃない???と思うのが、やさしさの押し売り。
これおいしいから、貴方にもあげる。
そりゃ貴方はおいしいかもしれませんが、私にとってそれはいらないもの。
これ必要だと思って買っておいたの。
そりゃその善意はありがたいけど、今はいらないもの。
なんてことはよくある。
そのたびに意見を言ってしまうことがある。
「何で買うの?」
「もったいない。」
ある人に言わせるとそういうときは、先ずはありがとうって言って受け取るの。
その後はあなたが好きにすればいいってね。
なんかそれ聞いたとき恐ろしいなぁって思っちゃって。
まぁ確かにその場を丸く収めるという意味では、そうかもしれないかもですね。
なかなか難しい
私自身、優しく受け留めることが全部できてるわけではないですしね。
間違ってる方向に進んでいたら意見するのことが優しさになりますしね。
その意見をどうとるかは相手次第ですしね。
相手に聞く準備ができていないと、意見も素通りしますしね。
受け入れる寛容さがあるだけの器でないといけないですしね。
目の前のことにイライラしていても自分が情けないだけですから。
最後の方少しまとまりなくなりましたね。
優しさのタイミング
優しさって、そうして欲しいときに、そっと手を差し伸べるのが本当の優しさなのかもしれないですね?そう感じる瞬間も少なからずあるわけだけど。
自分自身出来ているか不明ですしね。正直そんなタイミングを計算してる段階で、素の優しさでなくなってる気がするんですが・・・。まぁ優しさを考える時間があったので考えてみたんですけどね。実際はこんな計算はしていないはずですけどね。
君子の道は遠い
言いたいことは、はじめに書いたように、
優しは、寛容さと場合によっては意見するという両面を持つもの。
また、余計なことの善行で相手に受け入れられて成り立つもの
厳しさは、無視すること
まだ50にして迷っておりますが、
なかなか君子みたいに偉くは成れないものだと思っております。