蓄膿が治るまでの回顧録

こんにちは。相城です。

自分の過去の出来事をまとめていこうかと思います。僕が蓄膿だった頃の思い出を書いておきます。

私は気が付いたら蓄膿になっていました。幼稚園を卒業して、小学校のころ北島町に引っ越してきて、いざ入学式のときのこと。

入学式のとき、みんな口を閉じているんですよ。それが不思議だったんです。僕は10秒ぐらいしか口が閉じれない。なぜかというと、鼻で呼吸できないから。おいおいお前、何言ってんだって思うかもしれない、でもそのときもうすでに鼻茸というデキモノが大きくなっていて鼻孔の奥を塞いでたんです。僕は鼻で呼吸できない。

僕からすると、人間は口で呼吸するもんだと思っている。換言すれば、周りのみんなも鼻で呼吸できないと思ってるんです。だからみんなが口を塞いで平然としていることが不思議でならなかった。周りのみんなは、口を閉じているときはどうやって呼吸を確保しているのだろうと。

ですから、その当時の集合写真に写っている僕の口は開いているものが多いです。写真の時ぐらい口を閉じるテクニックが僕にはなかった(笑)。

それで市内の耳鼻咽喉科に通院していたんですよ。で何年生ぐらいだったかな?小学4年生頃でしょうか。鼻孔から指みたいなものが出てきたんです。それが鼻茸というものらしいです。病院に行って麻酔なしだったかな?ワイヤーみたいな輪っかの付いた器具でそれを取ったんですよ。まぁ痛いのはそのころから慣れてたんで、平気だった気がしますね。それで一時期よくなったんですが、結局、手術することになって、中1のころかな、夏休みに徳島大学病院に入院しました。

今度は唇をめくってメス入れて、そこから腐った骨(腐ってたかどうかは不明)を削ったり、親指大の鼻茸を取り除くというものでした。骨の構造か体質か存じませんが、鼻水が溜まりやすく、蓄膿になりやすいとのことでした。

手術の担当医は女性の方で僕の手術が人生初めての手術ということでした。周りの人がサポートしてくれるから安心してって言われた気がします。手術は左右の鼻孔を行うので2回に分けて行います。

それで手術当日、ハプニングが・・・麻酔が局部麻酔だったんですが、ほっぺた辺りつねって痛いですか?って聞くんですが、痛いんですよ。で、結構な量の麻酔をしたと思うんですが、僕の感覚は変わらず、結局足から麻酔の液かなんかを体に入れながら手術が始まりました。もちろん手術中は先生の声が耳に入ってきます。ノミみたいな道具なのかな?コンコンって骨を削ってるのが脳に響いてくるんですよ。痛さはどうなんだろう?痛かったけど普通が分からないから何とも言えない。

そして、またハプニング。左右どちらの手術か覚えていませんが、手術途中ブチって音がしたんですよ。そしたらサポートの先生かな?誰かが神経切っちゃったって言うんです。ごめんねと言われたのは手術中だったのか、手術後だったかわかりませんが、その後、時間がたてば自然にくっつくからと言って終わりました。

術後またハプニングが。手術中大量に血を飲んだので、夜中寝ているときに吐き気を催し、そのまま洗面具に吐血・・・まではいいんですが、鼻の奥に入れていたシリコン?やガーゼが同じように出てきてしまって。先生も一番大事なところが出てしまいましたね。ということで左かな?鼻の通りが右と比べて少し悪いです。

でも手術が終わって、鼻の中の詰め物を取ったときは、それは感動モノでした。母に「お母さん、鼻がスースーする。」って言ったのを憶えています。それぐらい今までになかった感覚です。

それ以来、皆さんのおかけで蓄膿に悩まされずここまで来ました。

切れた神経もくっついたと思います。退院時に手術でとれた鼻茸が大きかったので一部をホルマリン漬けにしてくれたのを憶えています。今でもそれあるんじゃないかな?多分。機会があれば写真撮って載せますね。

それではまた何か回顧録を書きます。

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